私の入院してた病院
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はじめまして、仁也といいます。 この「扁桃腺で入院体験」は、1999年9月に初めて公開しました。 1999年9月というと、私は退院してゆっくりしていた頃で、最初は、 自分の回復の経過を残していこうと思ったので、少しずつ書いていました。 何度か更新して、1999年のうちに終わらせようと考えていました。 だから、入院してたときの資料などはほとんど捨てました。 私自身、もう病気のことは忘れたかったし、1999年のうちに病気にケリをつけたかったので。 2000年の年が明けて、「はじめての入院体験記」から「仁也の司法試験受験日記」に ホームページを変えて、過去ログに残す形で出発したのですが、扁桃腺についてのメールが届いたりして、 今でもメールが届くので、少し入院体験記を詳しく 書き加えようと思っていました。 今回ちょっとだけ残っていた資料を ご紹介したりして、リニューアルしました。 (個人を特定するような記述は非公開とさせていただきました。ご了承下さい。) それでは、扁桃腺(へんとうせん)で入院体験 をご覧下さい。 |
入院までの経緯
1999年(平成11)の4月始めの夜のことです。
なんだか体が熱くて、のどが乾いて、唾を飲むと喉がいたいので、どうしたんだろう?と思って、
懐中電灯あてながら鏡で喉の中を見てみると、なんと喉の奥の左側から白いものが
出ているではありませんか。
驚きました。もしかしたらこれがガンなのかも・・・なんて思いながら、熱を計ると
39度?!なにー、こんなに熱があるのー、ってな感じで、すぐ病院に行こうと思いました。
しかし、私の家の近くには耳鼻科がなくて、電話帳で探して、幡ヶ谷(東京都渋谷区)の
耳鼻科を見つけてそこに行きました。
看てもらうと扁桃腺から白い膿がでているとのことでした。
僕はガンかもなんて思っていたので、拍子抜けしました。
しかし熱が高く、ふらふらだったんで、肩のあたりに注射を打ち、喉の膿を吸い取り、
飴色のくすりを喉に塗りました。
治療が終わって、家に帰ってからは、ポカリスエットしか口にできませんでした。
喉が痛くて、食べ物が食べられませんでした。
それから、1週間病院に通い続け、やっと白い膿が止まりました。
熱も下がり、完全に治ったと思いました。
ところが、耳鼻科の先生が「もしかしたら、また病気になるかもしれないよ。」と言ったのが、
気がかりでした。
そしたら案の定、1カ月後の4月の終わり頃、また扁桃腺から白い膿が出ていました。
またかよー、って感じでした。先生の予言は当たってました。
何が悪かったのかなあと考えましたが、思い当たるのは、寿司かなあ、コーヒーかなあ、
よく分かりませんでした。ただ、喉に刺激のあるものは食べちゃダメって言われていたので、
ワサビのきいた寿司が悪かったのかなあと思いました。
また、1週間病院に通い続けました。そして、また治りました。
この頃から、扁桃腺を切ったほうがいいかもって先生に言われました。
それから、5月の終わり頃、また、3回目の扁桃腺から白い膿が出てしまいました。
この時の扁桃腺の病気は比較的軽く、結構早く治りました。
この後、すっかり落ちた体力を回復するため、ジム通いを始めました。
3回目の扁桃腺の病気の後、先生に「疲れるようなことはしてはダメ」って言われました。
そうそう、3回目の病気のあと、大きな病院へ紹介状を書いてもらい、新宿のある大病院へ
通いはじめました。
それから2カ月、普通に過ごせましたが、7月のある日、買い物から帰ってきたら、喉が痛い。
鏡で喉を見てみると、また、扁桃腺から膿が出ていました(4回目)。
今回も1週間病院に通い、また治りました。今回初めて、舌のつけ根のあたりに痛みを感じて、
4回目は過去の扁桃腺の病気と比べて、治りが悪かったです。
この後、また5回目になる前に、手術しようということになりました。
確か、手術が決まったとき、入院のしおりをいただきました。
今回そのしおりがみつかったので、お見せします。→入院のしおり
8月の始めに手術前検査を受けて、8月の終わりに入院することになりました。
入院初日(1999/8/23)
朝9時までに病院に来てくれって言われていたので、9時前に病院に行きました。
受け付けで、入院なんですけど・・・っていうと手続きをしてくれました。
あと、持ってきた書類を何通か提出しました。
確か、入院承諾書・手術承諾書・麻酔のためのアンケート等です。
耳鼻科の外来に連れてかれて、30分くらい待たされて、入院病棟から、
看護婦さんが迎えに来てくれました。
私と一緒の日に入院される方は4人でした。
おじさん2人、女の子1人、と私です。
外来から入院病棟はつながってるみたいで、ずっと歩かされました。
入院病棟に移ってから8階まで上がって、待合室みたいなところに連れてかれて、
各々の担当の看護婦さんが病室へ案内してくれました。
私は、822室に通されました。個室です。結構広くて、眺めもなかなか良かったです。
部屋について、荷物をといて、Tシャツと単パンに着替えて、しばらくベットに横になってました。
知らないうちに寝てしまっていて、看護婦さんに起こされて、ばんそうこうのテストやら、
麻酔医の先生に会いに行ってくれとか、いろいろ言われました。
あと、ご飯を食べてから、すぐお風呂に入りに行きました。
ご飯なんですが、病院で出るご飯はやっぱまずいのかなあと思ってましたが、
この病院のご飯は結構美味しかったです。
まともにご飯をたべたのはこの日と、退院する2日前くらいですが。
あとは、ポカリスエットやお粥、デザートなどです。
この日は結局、一通りのことが終わるとご飯食べてるだけって感じの日でした。
テレビもプリペイドカードを買って、見るようになってました。
テレビはこの日はあんまり見ませんでした。
消灯は21時なので、21時を過ぎると静かで、寂しくなりました。
何時眠ったかはよく覚えてませんが、明日はいよいよ手術なので、早く寝たと思います。
明日の手術について、緊張というよりも、もうすぐこの病気から解放されると思うと
うれしかったのではないかと思います。
手術当日(1999/8/24)
朝6時に看護婦さんが体温計りにきて、昨日トイレに行った回数とか、おつうじの回数を聞いてきました。
私は眠くて適当に答えてから、脈をとり、今日の朝食はとらないように言われました。
そういえば、昨日夜9時以降は食べちゃダメって言われ、0時以降は水もダメって言われてました。
目が覚めるとさすがに緊張してるせいか、食欲はなく、手術用の浴衣にT字帯を用意しました。
8時頃、看護婦さんが着替えるように言ってきて、もうすぐストレッチャーが来るといってました。
9時過ぎ、ストレッチャーがきて、麻酔のための注射もお尻に打ちました。
いよいよ手術室に向けて出発です。
8階の病室から3階まで行くとのことでした。
手術室に入って、麻酔医の先生と看護婦の人がよろしくって声をかけてきました。
手術台の近くまで行ってそこで執刀医のいつもの担当の先生がいました。
手術室はなにかクラシックが流れていて、手術台にのせられてからは、すぐ麻酔の注射がはじまって
音楽聞いてる感じではなかったです。
一度名前を呼ばれました。
これは聞き取ることができましたが、二度目はもう何も分からなくなってました。
それから私は何も覚えてません。
聞いたところによると、手術は2時間くらいで終わったそうです。
そして、摘出した扁桃腺を見せてもらったそうです。しかし、私は覚えてません。
先生は、500円玉くらいの大きさだったと言ってました。
次に私が目が覚めたのは、自分の病室のベッドでした。
朝手術を受けたんですが、起きたのは夜だったと思います。
左手に点滴、口に酸素吸入って感じでした。全身麻酔の手術でした。
その後は、夜通し点滴でした。酸素吸入はすぐ終わりました。
この日は、喉が痛くて、あんまり眠れませんでした。
喉の痛みで何度か看護婦さんに来てもらいましたが、ただ、ガマンガマンって感じでした。
点滴のせいで、夜何度もトイレに行きました。
看護婦さんにしびんで尿をとってもらったりもしました。
熱は37度8分くらい出ました。熱より喉の痛みがきつかったです。
結局この日は、食事はとれませんでした。
後で知ったんですが、私の扁桃腺の悪くなってることころは左側だったんですが、
先生によると、右も左も両方取ったと言ってました。うそだろー、って思いました。
右は悪くないのに。でも、右側も結局悪くなるだろうと先生は言ってたので、
そんなもんかって思いました。
術後1日目(1999/8/25)
この日から、他の入院患者さんと同じように、病棟のスケジュールにそって生活が始まりました。
朝6時起床。看護婦さんが、体温と昨日のトイレの回数、おつうじの回数を聞くのと、脈をとりにきます。
これでだいたい目が覚めます。私は、手術後まもないので8時までぼーっとしてました。
8時に朝食。私は取りに行けないので、ナースコールで看護婦さんに持ってきてもらいました。
食事はお粥にスープ、デザート、あとは食べなかったような気がします。
飲み物はポカリスエットしか飲めませんでした。
食事が終わって、また点滴が始まりました。点滴をしながら、9時から朝の診察です。
この日は口を大きく開けることができず、舌を動かすと痛っ、て感じでした。
診察が終わると、昼まで、ぼんやりしました。私は、点滴中なので、横になってました。
昼12時、昼食です。また、お粥となんかのスープ、他は食べませんでした。食べれませんでした。
午後2時、喉の吸引です。この時間では、病棟の診察室で喉に霧状のくすりを吸い込みます。
これは、10分くらいやるんですが、どういう効果があるかは分かりません。
午後6時、夕食です。またお粥。他は覚えてないです。
6時すぎ、担当医の先生が、病室に見に来てくれました。診察室で喉を見てもらい、この時、
白い飲み薬(ポンタールといいます)を出すようなことを言われました。
この飲み薬が、のちのち私の食欲を復活させてくれます。
それから、7時になって面会時間が終わります。
夜8時、夜の喉の吸引です。また、喉に吸い込みます。
夜9時、消灯です。部屋の電気を消しに看護婦さんがきます。
このあと、私はこの日は寝ました。
が、元気になるにつれて消灯を無視して、テレビを見まくってました。
この日は、まだあんまし動けなかったので、こんな感じでした。
これから、今日のような生活が退院当日まで続きます。
番外編1(看護婦さん)
町の耳鼻科に通ってる頃、すごいかわいい看護婦さんに出逢いました。
特に、二人ほどすごいかわいい看護婦さんがいて、病気になったときは、
その人たちに会いに行っているようなものだったかもしれないです。
入院してるとき、入院病棟の看護婦さんで一人だけ、仲良くしてくれる看護婦さんがいて、
この人がいてほんとうれしかったです。
手術直後、起きれなかった私の体をふいてくれました。
しびんで尿を取ってくれました。
入院病棟の看護婦さんと仲良くなろうと思ったら、1週間の入院ではダメです。
最低1カ月は入院しないとね(笑)。担当看護婦制ならかわいい人にあたればラッキーです。
私は看護婦さんに下の名前と年齢くらいしか聞けませんでした。
町の耳鼻科にまた行くようになったら、また彼女たちに会いたいです。
術後2日目(1999/8/26)
この日の朝食の後、看護婦さんが白い飲み薬を持ってきてくれました。
この薬は食前30分前に飲むように言われたので、昼食の前から飲み始めました。
これを飲んだ後、信じられないくらい喉の痛みがなくなり、昼食をほとんど食べれるようになりました。
あいかわらず点滴は続いてて、いつまで針つけたまんまにするのか気になりました。
この日、知り合いがお見舞いにきてくれて、カステラ(私の大好物)をくれました。
この日は食べられなかったので、病棟の食堂の冷蔵庫にいれておきました。
夜、担当医の先生が来て、診察室で喉を看てもらいました。
扁桃腺切ったところに、白い瘡蓋(かさぶた)ができてると言われました。
普通、かさぶたって黒いような色なのに、口の中にできるかさぶたは白いのかなあと思いました。
少し看護婦さんと話をしたんですが、まだうまくしゃべれなかったので、
喉の手術するとうまくしゃべれなくなるなあと思いました。
術後3日目(1999/8/27)
白い薬を飲むようになってから、普通に生活できるようになりました。
先生も退院は近いね、って言ってました。
食事はあいかわらずお粥。
でも、売店で焼きそばを買い、冷蔵庫にとっておいたカステラを食べました。
この日くらいから、お腹の調子が悪くなって、トイレに何度も行くようになりました。
点滴の影響らしく、結構つらかったです。
夜の診察のとき、先生が「かさぶたがだいぶなくなってきた」と言ってました。
このかさぶたがとれると退院なんだそうです。
食事が苦じゃなくなったのも、かさぶたがなくなってきたからみたいです。
この日から、消灯時間過ぎてもテレビを見てました。
0時をまわってもテレビ見てたから、看護婦さんに怒られました。
自分でも信じられないくらい元気になったなあと思う1日でした。
術後4日目(1999/8/28)
朝の診察のあと、お風呂に入ってもいいって言われてうれしかったです。
髪の毛とかベタベタだったので。
あと、30日にもう一回看て、良かったら退院だと言われました。
この病院のお風呂は13階にあって、展望はすごくいい感じでした。
お風呂は私一人しか入ってなくて、快適でした。
ちなみに、お風呂は午前中しか空いてなくて、昼になると閉まっちゃいます。
この日の夜ご飯は、この病院の1階にある食堂で取りました。
病棟の食事はとりませんでした。食堂では、たらこパスタと焼きそばを食べました。
あと、この病院の1階には、ドトールみたいなコーヒーショップもあって、
こちらには、退院したら行ってみようと思いました。
この日の消灯の時間も無視して、テレビを見まくってました。
術後5日目(1999/8/29)
この日、はじめて外出しました(無断で、ぬけだしました。ゴメンなさい)。
近くのコンビニに、アイスを買いに行きました。どうしても食べたかったので。
でもぜんぜんバレませんでした。
この日の夕方ごろ、友達が病室に遊びにきました。
どうやら、私があんまし動けないと思っていたらしく、元気なのを見て驚いてました。
面会時間を過ぎても、ずっと病室にいました。
確かこの日、東京はものすごい雨が降って、かみなりなって、友達は帰れなくなっちゃいました。
が、小降りになってから、ダッシュで帰りました。
この日の夜の診察の時、明日退院してもいいよって言われました。
いよいよ退院なんだなあと思いました。
退院当日(1999/8/30)
朝、体温計りにきた看護婦さんが「今日退院ですね」って言ってくれて、うれしかったです。
朝の診察の時、入院中知り合ったおじさんに「退院おめでとう」って言われて、うるうるしちゃいました。
先生も、もう大丈夫って言ってくれて、何時に退院する?って聞かれました。
午前中に出ますって答えました。
朝食後、1階にある会計に入院費用を払いに行きました。
パジャマ姿だったので、外来の人が不思議そうに見てました。
「あの人なんで、パジャマなのー」って感じで(笑)。
病棟に戻ってから、部屋の荷物をまとめました。
白い飲み薬を持って帰るつもりだったので、処方されるまで待たされました。
昼過ぎに薬をもらいました。エレベーター前で看護婦さん3人に見送りされて、うれしかったです。
入院病棟を出て、自転車置き場に行き、自転車に乗って家に帰りました。
病棟1階のコーヒーショップには結局行けませんでした。
退院直後から(1999/8/31〜9/13)
退院後、外来で週1回病院に通うことになりました。
1カ月経てば、もとの紹介状を書いた町の耳鼻科のほうに紹介状書いて戻しますって言われました。
今現在、週1回通ってる最中です。経過も順調らしくホントに元気になりました。
今考えると、つらかったのは、手術直後から術後2日くらいまでかなって思います。
あっ、あとうれしかったのが、だいぶ辛いものや刺激のある食べ物を食べれるようになったことです。
早速、カレーを食べて、友達と寿司を食べに行って、コーヒーは、ほぼ毎日飲んでます。
コーヒーおいしいですー(笑)。
ただ炭酸飲料とアルコールは飲んじゃダメって言われました。
ですが、しょうがないですね。もうあの痛い思いはしたくないので。
もし、扁桃腺痛などで、苦しんでる方がいらしたら、切除手術を受けることをおすすめします。
うそみたいに元気になりますよ。
番外編2(病院のとなりのステーキ)
私の入院していた病院のとなりに、あるホテルがありました。
そこのホテルの1階のランチで、ステーキ1000円というのがありました。
私は、退院後外来で病院に行った帰りに、11時半ごろ、そこに食べに行きました。
ステーキのランチは1000円のビフテキと、1200円のヒレステーキの2種類ありました。
最初は、ヒレにしようと思って、ヒレを注文しました。
ヒレステーキはちょっと小さかったですが、おいしかったです。
次にいったら、今度はビフテキにしようと思ってます。こちらもおいしいといいのですが。
外来に行ったときの、ちょっとした楽しみになってます。このホテルのランチ。
退院から1カ月(1999/9/14〜)
退院してから9/30で、1カ月になります。
10月からは、通院は月に一回ということになりました。
元の町の耳鼻科に戻すというのは、どうなったのかよく分かりません。
最近の調子は、ホント元気元気です。ジム通いも復活しました。
自分が入院してたなんてうそみたいです。
そうそう、入院証明書というものがあるんですが、それを書いてもらって、いただいてきました。
今頃、入院病棟の看護婦さん、どうしてるのかなあ?
番外編3(入院証明書と保険)
こないだ病院行った時に、入院証明書を書いてもらったので、親に送りました。
これがあれば、保険がおりるそうです。
この入院証明書も保険会社のやつと、病院独自のものがあるらしく、私の場合、
保険会社のものを親に送ってもらって、病院に行った時、先生に渡しました。
書いてくれる期間が結構かかるんです。
先生によって違うそうですが、私の場合、2週間かかりました。
あと、今まで病院にかかったお金も確定申告の時、申告すれば医療控除が受けられるらしいので、
医療明細を取っておいて、全部親に送りました。なんせ、4月からずっと貯まってたやつなので、
相当還ってくるのではないかと思います。
最終回
もうすぐ12月(1999年)になりますが、風邪なんてひいてませんか?
私は、ホント元気です。
さて、喉にはつらい季節ですが、病院には全然行ってません。
もう行かなくていいでしょう。そう思います。
1999年の4月の始めから続いた喉の病気も今年中にケリをつけられそうです。
4月から手術まで約半年苦しみましたが、これで終わり。
これまで治療してくださった方々、本当にありがとうございました。
メールもいただきありがとうございました。
ここらへんで、この体験記も終わりにしたいと思います。
最後に、みなさんのご健康を心からお祈りします。
最後まで読んでくださってありがとうございました。